明けましておめでとうございます!
早いものでvoxに入ってもうすぐ2年を過ぎようとしています。入った当初はmixiの規約改正に対する反発からという理由で勢いで入ってしまい一体どうなることやらと思っていましたが、御蔭さまでどうにかこうにか日記をほそぼそと続けてこれました。今年もどうぞよろしくお願いします。
今年は、でなく昨年になりますが、とうとう全く紅白歌合戦を観なかった…というかテレビすらつけませんでした。同居人と二人でとろろ蕎麦をすすっていました。スーザン・ボイルさんの歌を聴き逃してしまったのがちょっと心残りです。早くもYoutubeにupされていたので聴いて改めて思ったのは、声が綺麗だなということ。ここ数日、ジュディ・ガーランドやエディット・ピアフやらにかまけていただけに。イギリスでデビューしたということも大きいかもしれませんが、もし人々が"歌"に求めるものが変わってきているのだとしたら、とちょっと注目しています(歌声の綺麗なミュージカル歌手として好きだったジュリー・アンドリュースもイギリス出身なので、いつもの誇大妄想ならぬ誇大仮説かもしれませんが)。ちなみにシャンソン歌手はどうしてしゃがれ声の人が多いんだろうと以前から疑問でしたが、もしこれもピアフの影響だったのだとしたら…と考えるとポップカルチャーは時代や世相と切り離して考えることが出来ないなと思い巡らせています。
http://www.youtube.com/watch?v=MlFyeusrsP8
スーザンさんのことは昨年も日記で紹介しましたが、今回の歌い方の方がちょっと控え目に歌っているように感じました。あがっているというよりも歌い方を抑えているような気がするのですが、気のせいでしょうか?
8割近くの人は新年の目標達成できず、「成功の秘訣」を心理学者が指南。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1065827&media_id=84
なんだかカイシャでやっていた目標管理のようだ。手近でチマチマした目標を立てた方が有利ですヨという。たかが新年の抱負、されど新年の抱負。カイシャのボーナスじゃあるまいし、新年の抱負を達成できなかったからって人生ひっくり返るわけでもなし。目標は大きく持つ方がいいんでは?
というわけで皆さま良いお正月をお迎え下さい。
「エディット・ピアフ 〜愛の讃歌」(原題"La môme"、オリヴィエ・ダーン監督、2007年)
題名からわかる通り、エディット・ピアフの生涯を映画にしたもの。ピアフ役を演じているマリオン・コティヤールはこの役でアカデミー主演女優賞を受賞している。ジェラール・ドパルデューもピアフのパトロン役として登場。あと彼女の父方の祖母役がジュディ・デンチにそっくり。
彼女が歌った曲がたくさん出てくるのでシャンソンの好き方にはそちらも楽しめると思います。
<ネタバレ>
噂には聞いていたけれどかなり数奇な人生を辿った人だったようで、その片辺を垣間みることができたのが良かった。反面、ストーリーが幼年期から晩年の間を行ったり来たりしていた為に、今ひとつ筋を掴めなかった部分も多かった。例えば渡米のきっかけは何だったのか、成功後はアメリカと祖国フランスのどちらが拠点になっていたのか、親友モモーヌが途中で(たぶんピアフに殺人容疑がかかったことから)強制執行でどこかの施設に連行されてしまうが結局戻ってこれた経緯は、パリで実の母親に再会するシーンがあるが何故母親は3、4歳頃に生き別れていたピアフを娘と認識できたのか、等。
最初の方でピアフが父親に連れられて父方の祖母が経営していた娼婦の館に預けられてそこで幼年期を過ごすシーンで、一瞬ルイ・マル監督、ブルック・シールズ主演の「プリティ・ベイビー」を思い出した。ピアフも幼女売春に利用されてしまうんだろうかとハラハラしていたが、そういうシーンはなかった。でも普通は利用されていておかしくない気がするが(深読みの私は彼女を一等可愛がっていた娼婦のティティーヌが彼女を角膜炎に罹らせて売春に利用されることから守ったのではないかと疑ったりするが、少なくとも映画ではそこまで悪知恵を働かせる人ではなかったようだ)。
彼女の初のパトロンとなったルイ・ルプレが何者かに殺されてピアフに容疑がかかるのだけど、これも容疑のかけられ方が唐突でわかりづらい。補って想像すれば、パトロンだけでなく愛人でもあって痴情のもつれを疑われたということかもしれないが、そういうことを匂わせるような描写は全くなかったと思う。彼女の人生はいろいろ謎に包まれていたらしく、映画では史実としてわかっていないことを描かないというスタンスを通したのかもしれないが、結果的に映画も謎に包まれたままでわかりにくかった。
彼女がレジスタンス運動に関わって捕虜兵の脱走を手助けしたということがWikipediaに書かれているが(英語版、日本語版で確認)、映画ではレジスタンス運動について全く触れられていなかったのは意外だった。政治色を排除したかったのだろうか。ちなみに彼女が発掘したという歌手、シャルル・アズナブールも政治的にもかなりの活動家らしい(この名前から「機動戦士ガンダム」のシャア・アズナブル少佐を連想するのって私だけ?)。ちなみにレジスタンス運動に身を投じたというエピソードから連想してしまうのはメリル・ストリープ主演の映画「プレンティ」だがさすがにこちらは関係ないかも。
総じて謎の多い話だったが戦中・戦後のアメリカ文化史を追う上でもいろいろ参考になったと思う。
「ブロードウェイ、ブロードウェイ」 (原題 "Every Little Step"、ジェイムス・スターン&アダム・デル・デオ監督、2008年)
公式サイト:http://www.broadway-movie.jp/
面白い法則を発見。どうやら同居人が出張に出ると映画をビデオレンタルする習癖がいつの間に出来たようだ。借りた勢い?で返す時にその翌週分もレンタルするのだけど、不思議と2週程度にとどまるのはやはり同居人に対する遠慮があるのだろうか(私が好んで観るアメリカ娯楽映画ー特に昔のものーを同居人は観ない)。厳密には同居人が家に居ない時間帯はいくらでもあるし、ノートパソコンを使えば別室で観ることだって出来るのだが、仕事でもないのにそこまでやるのもヤマシイのだろう。
前置きはこの位にして。こちらはロングヒットミュージカル「コーラスライン」(舞台初演が1975年、映画版は1985年)のリメイク(の舞台裏)。「コーラスライン」はオーディションという舞台裏をそのままミュージカルにしてしまったという、当時は発想の大転換で、私の記憶に間違いなければこの後しばらく舞台裏ものが流行って特に映画で次々作られるようになった覚えがある。たぶんオリジナルの発想という意味では「42番街」という1933年のミュージカル映画が先にあったのだと思うが(こちらもミュージカル興行の舞台裏もの)、「コーラスライン」の凄いところはバックダンサーにあたる役名のない踊り子一人一人のパーソナルな顔に迫ったことだろう。「42番街」が基本的にはスター誕生物語である(脇役でジンジャー・ロジャースが好演していてたぶん彼女の出世作でもあるが)のに対して、おそらくその後30年代から50年代頃にかけてハリウッドもブロードウェイをも席巻したスター中心主義に対する強烈なアンチテーゼ、つまり舞台というものが役名すらない多くのバックダンサーの支えがあってこそ成り立っているという信念がベースにあったのだと思われる。もちろんアメリカミュージカルの醍醐味であるタップダンスも入っていて大好きなミュージカルの一つだ(なるほど私がオペラの合唱曲が好きなのもミュージカルでタップダンスが好きなのと同じことで、ミュージカル観劇の経験が影響しているのかもしれない。とにかく初めて映画館で観たのが「メアリーポピンズ」でテレビで観た映画では「オズの魔法使い」なので)。ちなみに「42番街」の方も80年代にリバイバル上演されてロングランとなっている。
「ブロードウェイ、ブロードウェイ」は「コーラスライン」を上演するということでその為にオーディションをやった、その舞台裏を撮った、言わば劇中劇中劇。どの程度ヤラセなのかわからないが、もとの「コーラスライン」が舞台裏ものとは言え相当作り込んであって完成度が高いのに対して、こちらはかなり記録映画的な作りになっている。「コーラスライン」にあったわかりやすいドラマ展開を敢えて排除して、一人一人の役者のオーディションでの演技を中心に多少インタビューも交えてあるという具合。日本からは沖縄出身の高良結香が受けに来て好演している。
もとの「コーラスライン」を知らないと今ひとつ舞台進行がわかりづらい所があるかもしれない。観たことのない方は併せてどうぞ!公式サイトによると日本にも来日してもとの「コーラスライン」を上演したらしい。知っていたら行きたかったなー。劇団四季も頑張っていると思うけれど、やっぱりミュージカルで一番好きなのは群舞のタップダンスなので。
<ちょっとだけネタバレ>
この作品が一番貢献しているのは、原作の「コーラスライン」を製作したマイケル・ベネットへのオマージュになっている所だろう。彼が作品作りに関して語ったテープ録音や製作に携わったスタッフへのインタビューが随所に盛り込まれていて、役者以上に監督の舞台への関与の大きさを物語っていて圧巻だった。
有名ナンバーの「Nothing」が完全に省略されていたのは驚きだった。最初か中盤の方で「原作に出来る限り忠実に作りたい」「エスニシティの問題は切れない」と監督が言っていたことから、オリジナルでこの曲を歌っていた女性がプエルトリコ人であったことを配慮したのだと思うが、プエルトリコ(ないしヒスパニック)系のダンサーが居ない筈ないようにも思うので、カットしたかったのかもしれない。ちなみに高良結香("YUKA")はオリジナルの中国人役に挑戦している。
役作りで一番難易度が高いのが劇中劇の監督のかつての恋人キャシー役だというのはわかりやすいが、その次に難しいのがポールだと語られていたのは意外だった。言われてみれば原作でもポールは踊りは少なく心理描写がメインだった覚えがあるし、実際オーディションでポール役に挑戦するダンサー達がどこか素通りな演技に思えた。そう、彼が現れるまでは…
p.s.
Youtubeで検索かけたところ、劇団四季も日本語版「コーラスライン」を上演していました!
http://www.youtube.com/watch?v=fMyTKvWUhqM
劇団四季と言えば「キャッツ」に始まり「オペラ座の怪人」「ライオンキング」や最近の「ユタと愉快な仲間たち」のようにストーリー性の高い演目を積極的に上演してきた気がしてましたが。踊れる人も増えているんですね。
さすがに「42番街」のようにタップダンスがほとんどな演目は手がけていないかもしれませんが…
http://www.youtube.com/watch?v=P9dDFqn5rYI
(トニー賞発表の際はこのようにストリートにまで出て演じるのが恒例のようです。まあお祭ですね。ホールの座席を買えなかったお客さんへのサービスもあるのかな?)
p.p.s.
高良結香さんのオフィシャルサイトありました。http://www.harvest-f.com/takara/
実際に2006年のコーラスラインに出演したらしく、この映画も本当のオーディションの記録映画だったということがハッキリしました。ということは「Nothing」カットは…??
「コッポラの胡蝶の夢」(フランシス・フォード・コッポラ、2007年)
気分転換ばっかりしている今日この頃ですが、久しぶりに近所のレンタル店でビデオを借りてきました。
観始めた当初は「うわーCGってやっぱチープだな」でしたが、観終わった今、なかなか感想を語りづらい映画だなあと感じています。一言で言ってしまえば、老いた名監督は夢(多くの場合悪夢)の中の出来事のような映画を撮りたくなるものなのだろうかというところですが、そんな単純な一言で済ませてはいけないとも思います。わかりやすく主張の明解な良質の娯楽映画を撮り続けたコッポラ監督がこれ程までにメタファーあふれる映画を撮ったということが今のアメリカの苦悩状況を象徴しているのではないかという気さえします。意識的なメタファーとして例えば「ダヴィンチ・コード」「デッドマンウォーキング」が作品全体のモチーフになっていると思いますが、「戦場のピアニスト」「セブン・イヤーズ・イン・チベット」「野いちご」等の影響も個人的には感じます。他、配役にもメタファーを感じるし、部分的に個々のシーンにもどこかで以前観たように思えるものが多かったです。それはパクリともオマージュとも違う、おそらく記憶喚起を狙ったのではないかと思わせる、言わば連想ゲームのような映画でした。
でも苦悩の象徴とは言っても観る者を苦しませないのがコッポラの腕。忙しい時に時間を縫ってでも観ろとは言わないけれど、映画ファンなら一見の価値ありなのではないかと思いました。今は作品紹介は簡単にすませて、感想がまとまったらまた日記を書き直すことにします。
<ちょっとだけネタバレ>
夢のような映画なのであらすじも説明しづらいのですが、第二次大戦前夜のルーマニアで一人の老いた東洋学研究者が自殺するためにブカレストに行き、そこで雷に当たったことで突然若返り…というのが始まり。前半は若返りの謎やナチの手を逃れる話に費やされ、後半はスイスで出会った昔の恋人の生き写しとのロマンスと苦悩、というものです。若返りの謎はいかに解明されるか?
あなたの好意が、他人のストレスになるとき
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1043486&media_id=77
大学生の頃だったと思うが、見返りを期待しない愛こそ本物のアガペーだ、というような議論をよく同級生との間でしていた。そのこと自体は正論だと今でも思う。
でもこのように他人に説教するような文章を見ると、何か見落としているんじゃないかという気がしてくる。
まず、こういう議論ではそもそも恋愛を始めとする人間関係に駆け引きの要素があることが語られていない(もちろん、駆け引きのない関係もあると思うし個人的にはそういう方が好きなのだがそれは措いといて)。見返りというと大袈裟だが、相手の愛情が欲しくてそのために尽くすのはごく自然な行為だと思うし、それに応えられないのであれば尽くさせないのも相手に対する誠意ではないだろうか。片想いから恋愛成就までというのはその「応えられるかどうか」の結論を出すまでのプロセスなのではないかと思っている。そのプロセスの過程で愛情を求めることに対して、もし尽くさせるだけ尽くさせておいて疎んじているとしたら傲慢なんじゃないかなと思う。そのことを大前提にして初めて「見返りを期待するな」という言葉も生きてくると思う。
もう一点気になるのは、ストレスに感じるというのは受けた好意に対して何らか見返りを与えなければと思うからであって、世間にはそもそもストレスに感じない人も居るということ。そればかりか人の好意につけ込んでそれを利用しようと悪巧みする輩まで居る。そういう悪知恵者には「見返りを期待する方が悪い」などと偉そうに語る資格はそもそもないと思っている。もちろん、このコラムを書いた人がそういう人だとは思わないけれど、往々にしてこういうお説教が単に悪知恵者をのさばらせる結果に繋がりかねないような気がしたのでちょっと気になってしまった。人の素朴な好意につけ込んだ詐欺に対して「騙される方が悪い」と一方的に説くのは不正義だと思う(このコラムがそうだと言うつもりはないが)。
何だか勢い余って長くなってしまって日記タイトルに書いた本題に辿り着けなかった感があるが…見返りを期待しない愛を理想として語るよりは、後で後悔しないような尽くし方をすればいいんじゃないかなと個人的には思っている。まあそうは言っても思い通りにいかないものだけど。
アメリカにでとある方にご馳走になった時にお礼を言ったら "It's my pleasure." と言われてとても気持ち良かったことがある。このコラムで言いたいのもそういうことだろうなと思い直して締め括ることにする。
「肉食男子」が多そうなイメージのある都道府県ランキング
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1038971&media_id=45
「益荒男」は(日常的に使う言葉ではないと思うが)一応知っていたが、さすがに「手弱女」は知らなかった…。で、ふと思ったのはこの語、血の気の盛んな男がよく妻のことを「古女房」とか「勝手についてきた」といったようにわざと卑下して言う感覚で使われる語だったんじゃないだろうか。すごく男尊女卑のニオイを感じるというか、男目線な言葉のような気がする(まあ、清少納言あたりが「あの女なんて、ケッ所詮は手弱女よ」等と毒づいていたとしても驚かないが。紫式部には同性愛的要素が多少あると思うが清少納言にはあまり感じないような)。
さすがにググっただけではそこまではウラが取れなかったけれど。
死語になるにはそれなりに理由がありそうというか。でももののあはれを感じさせる語でもあるので、完全に死語にならないで欲しいような気も…「はんなり」同様
ググった2件(「手が弱い女」ではなく、「弱い女の手」なのですね、ふむふむ):
《デジタル大辞泉》
* 手弱女とは
たおや‐め〔たをや‐〕【手▽弱女】
たおやかな女性。なよなよと優美な女性。たわやめ。⇔益荒男(ますらお)。
《goo辞書》
たおやめ たをや― 0 【手▽弱女】
o (1)やさしい女。しとやかな女。
⇔ますらお
o (2)浮かれ女。あそびめ。たわれめ。
p.s.
ちなみに「たおやか」の意味は知っていましたが、こちらも漢字にすると「嫋」です。語源は同じなんでしょうね。
p.p.s.
清少納言が云々書いたが、更にググってみると「手弱女」という言葉は源氏物語に登場するそうな。うーん、確認のために読む暇はないけれど(原文が電子化されていればこういう時に一発で検索できるのに等と思ってしまうが、原文を丹念にあたる人が居なくなるのはそれはそれで問題だわな)。
もはや100円でも売れない……自販機不況に活路はあるか?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1036185&media_id=40
不況とは知らなんだ。言われてみれば飲物はカフェやコンビニで買うことが増えた気はする。マイボトルも持っているし。でも長居するのでなければカフェは割高になるし、珍奇ブランド(同居人は"カルトジュース"と呼んでいた)は意外と自販機の方に入っていることが多くて、手軽な飲料補給に今も利用している。というか、携帯電話が普及して瞬く間に街角から公衆電話が消えたスピードに比べれば自販機はしぶとく生き延びているなあと思う。特に地下鉄駅のホームでもパン等の自販機を見るようになったのには驚く。う〜ん、品揃えのメリットから言えばキヨスクは消えないで欲しい、コンビニ(NEWDAYSのような)に替わるならともかく。
自販機飲料と言えば今はペットボトルか缶飲料が当たり前(たまにブリックパックも根強くあるし、オフィス等にはMt.Rainerタイプが多い)だが、昔は瓶がスタンダードだったと聞いたことがある。選んでから取り出し口に転がり落ちてくる時にいかに瓶が割れないようにするかが開発者の知恵の絞りどころだったとか。今だと栄養ドリンク剤くらいかな、瓶に入っている飲料って。
漢方薬を保険対象外にするという事業仕分け指針結果についてはマイミクの間でも話題ですが、これに反対して日本東洋医学会などが中心になって署名運動が行われています。電子署名は住所氏名を書くものです(SSL対応と書いてありますが、鍵マークが表示されないのが少々気になります)。セキュリティが心配な方の為に郵送やFAXにも対応しています。ご賛同頂ける方は署名にご協力下さい。
PC:http://kampo.umin.jp/
携帯:http://bit.ly/kshomei
mixiコミュ「漢方薬」でも署名運動が行われています。専門家の書き込みも多く、情報源としては今のところ一番参考になりそうです。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=48404100&comm_id=9090
参考ニュース
薬事日報:【日本東洋医学会など4団体】漢方製剤の「保険外し」反対で署名活動
http://www.yakuji.co.jp/entry17362.html
産経ニュース:長妻厚労相が事業仕分けに異議
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091129/plc0911291656007-n1.htm
NSJ(日本証券):ツムラ(4540)ただし書きが意味するもの(みずほ証券)
http://mainichi.jp/life/money/kabu/nsj/news/20091120186185.html
p.s.
この問題については mixi 日記の方で議論&情報交換していますのでご興味ある方はそちらもご覧下さい。
ガールズバンドが少なくないかというマイミクさんの日記につられて懐かしの Bananarama の曲を片っ端から Youtube で聴いていて発見!
Bananarama : Venus
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、冒頭(4秒め及び10秒め、3分以降の辺も)のタタタタタンタタンタタン、タタタタタンタタンタタン…というのがというのがモーニング娘。のLOVEマシーン冒頭(34秒めの辺り他、各所)に似てませんか?
モーニング娘。: LOVEマシーン
この程度ならオマージュとして許されるレベルと思いますが。というか、つんくって勉強熱心だから実はBANANARAMAからインスピレーション得ていたのかなと勝手に想像してみたり(考え過ぎ?)。同じくモチーフのようになっているサックス音による A-B-A-G-E-D-E というパッセージも何か意味があるのか気になるぞい。
似ているという発見が楽しかったのと、この頃の Bananarama 好きだったしLOVEマシーンのこの不協和音も好きだったので。
p.s.
ついでに、LOVEマシーンのこの動画の30秒めから50秒めの振付けは Bangles の "Walk like an Egyptian" の振付けに似ている気も…(あまりに言いがかりと思われそうなので動画入れませんが、40秒めの辺りから頻繁に街中で踊る姿が)
p.p.s.
BananaramaのVENUSは、こちらのリミックス版の方が似ている感じがわかりやすいかも(19秒め辺りから):
http://www.youtube.com/watch?v=DX4XwAQOLqg
I was listening to the numbers of BANANARAMA back to the 80s, and noticed that the intro of their "Venus" resembles a little bit to the Japanese girls group, Morning-musume's "LOVE-machine." Slightly, so I don't think it's copyright infringement, but rather an homage to the original, perhaps. (Listen to the uploaded YOUTUBE video of "Venus" around 00m04s, 00m10s, or 03m and compare it to "LOVE-machine" intro around 34m)
And what was more interesting: both of their dance choreography resembles, slightly again, to the Bangles' "Walk like an Egyptian"!! Do you think it's just a coincidence? I believe it's an homage!!
p.p.p.s.(そろそろしつこい)
その後さらに考えたけれど、ヴィーナスとLOVEマシーンの冒頭部分について似ていると感じた部分、これってジャズで言うところのBノート?とにかく珍しいものではない気がしてきました。
昔買った Herbie Hancock の曲にも似たのがなかったっけとCDを探して聴いてみたら…どの曲かはわかったけど(たぶん)、全然違う〜!買った当時は出だし部分が好きで随分好んで聴いていたけれど、その後現代音楽を聴き込む過程で耳が鋭敏になったのかなあと感慨深い。
http://www.youtube.com/watch?v=hE41xbloQVk
(一応書くと似ているかと思ったのは冒頭部分と3分2秒〜3分半めの辺りで、冒頭は全然違ってた)
和音だけで言えば例えば Thelonious Monk の Thelonious も似ているので、ポイントは連打のリズム感ということで。
これだけだと何だかフヌケなのでちょっと書くと、級友がユーミンは歌詞が女の子の気持ちをよく歌っていると言っていた時にはイマイチピンと来なかった私も Bananarama の歌詞はとてもガーリッシュだと思っていました。今聴いてもプリンセスプリンセスと同じ位に女の子らしいなと思います。特に Love in the first degree(カラオケで歌うと周囲の顰蹙を買いやすかった気がしたけど)。こういうセンスはプロデューサーか作詞者に女性が居ないと駄目だろうと思ってググってみたけれど、Bananarama の曲の作詞者情報が見つからない〜。曲だけ聴くとあの当時流行ったポップスと大して変わらないのでこのグループのキモは歌詞だと思うんだけどなあ。
YES, a variant good read more
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