http://www.apple.com/jp/iphone/features/
「iPhone」日本上陸、ソフトバンク表参道に1,500人超える行列
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=544313&media_id=5
ニュースでは話題の「iPhone3G」、巷で狙っている人はどのくらい居るんだろう?ザウルス5が発売された時は飛びついた私も、iPodが携帯と合体しただけではSoftbankに乗り換えてまで買おうという気にはならない。たぶんおさいふケータイの機能をモバイルSuicaだけとは言え重宝しているのと、iPodメインの利用を考えていないからだろう。ザウルスのタッチパネルが使い辛かったというのも気がかりだし。
ところで一世を風靡したかと思ったMDを最近あまり見なくなった気がするのはやっぱりiPodが出たからなのかな。MDが出てMOやDATを見なくなったという方が正確な気もするけれど(CD-Rに代わる記憶媒体としてはまだ生き延びているのかもしれないという意味)。コンビニATM関係の仕事をしていた頃はMDで好きな音楽をダウンロードするというのがライフスタイルとして話題になっていた覚えがある。
例によってとりとめない日記になったけれど、iPhoneについてはこれを携帯の延長と考えるかiPodの延長と考えるかで見る目も違ってくるのではないかと感じる。
「昼下がりの自殺」人体の生理と時間のフシギな関係—米誌
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=544635&media_id=31
Newsweek: Seven Facts About Body Rhythm 〜The surprising ways our internal clock affects some of the most important aspects of our lives.
ニューズウィークと提携するのでもいいからこういう科学記事を毎週紹介してくれる総合週刊誌があれば買うのに。新聞社の科学面は多少マトモかもしれないけれど、雑誌は文系の牙城なんだなあと思う。まあ今はネットがあるからわざわざ雑誌を買う人も減ってきているかもしれないけれど。
ところでタイトルは何やら物騒ですが、内容は
==
1)人間の体温は朝、目覚める前が最も低く、午後4〜5時が最も高い。従って、朝7時に検温して37.2度以上あれば、その日は発熱する可能性が高い。
2)明け方に心臓病を発症する確率は、その他の時間帯の2倍にも達する。
3)人間の出生時刻は昼下がりが多い。
4)同様に、自殺が発生する時刻は昼下がりに集中する。
5)医師が服薬時間を指定する時は、体内時計のリズムに基づいて考慮する。アスピリンやアレルギーに用いられる抗ヒスタミン剤は午前中に、抗がん剤は夜に投与というのが定説。
6)性生活に最も適した時間帯は、夜の睡眠前である。
7)真っ暗闇で生活すると、体内時計が体感する1日の長さはどんどん長くなる。これをリセットするには太陽光が必要である。体内時計は人間の体温やホルモン分泌、細胞活動などをコントロールする大切な指針である。
==
1)や5)は常識的だし、2)3)4)6)はちゃんと根拠を示して欲しい(例えば出生率は何となく明け方が一番多そうな気がしていた)。というわけで個人的に興味深かたのは7)です。体内時計がちゃんと作動するのには日の光が必要だなんて、常識的なようで新しい発見。SF好きならLEDでコントロールできるんだろうかとか考えるのかな。
p.s.
原文によれば、3)4)は「午前中と午後の早い時刻」とあります。
ちなみに私のアニソンデビューは「みなしごハッチ」。シマコハナバチに育てられた蜜蜂のハッチが本当の母を探したずねる冒険物語で、家にレコードがあったので主題歌以外の歌も今でも覚えている(特にポルカの歌が好きだったんだけど、さすがにYoutubeでは見つからなかった。オープニング曲ですら、リメイク海外版ばっかりで「昭和の歌謡」どっぷりなオリジナルはレコードのみ。悲しい…)。
あとは「コンバトラーV」とか「サイボーグ009」が思い出深いかな。鑑賞回数で言えば「鉄腕アトム」がダントツ1位だと思うんだけど。それにしても昭和のアニソンはどうして短調曲が多いんでしょう。時代錯誤に受け取られる最大原因になるんじゃないかと思う。アトムの主題歌が今も健在なのも長調だからなんじゃないかしらん。
リンクを丁寧に辿っていたらアニメ映像を発見したので追加しときます。
「構造変化と日本経済」専門調査会による「平成版前川リポート」の報告がまとまったらしい:
世界の技術・人材・情報の拠点目指す=21世紀版前川リポート
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=535304&media_id=52
http://www.keizai-shimon.go.jp/special/economy/item1.pdf (報告書)
章構成としては1章がグローバル経済と日本の位置づけ、2章が今後日本がめざすべき目標。
グローバル経済が直面する課題としては
1.インフレと貧困、2.資金移動の大規模化、3.地球温暖化の進行、4.賃金格差の拡大
日本の課題として
1.存在感低下、2.競争力低下、3.非資源国としての脆弱性顕在化
まあ偉そうに言うようだけど、グローバル経済に関してはこの程度のことは10年以上前から指摘されてきたことだと思うし目新しい発見でも何でもない。おそらく20代前後の若手調査員の勉強成果のようなものではないか。一方日本の課題としては、巷では指摘されてきたこととはいえ、危機感が感じられるところには目新しさが感じられる。特に資源がないことが国の経済力として弱い、ということがこのように大きく取り上げられるようになったのは石油ショック以来かもしれない。私自身はないものにしがみつこうとするのは無駄だと割り切っていたけれど、最近の原油高から危機感が高まっているのだろうか。
というわけで読みどころは第2章特に後半部分の日本がめざすべき目標の方だろう。資源のない国などと指摘されていたことは後退し(というかほとんど関連づけられていない)、開放的プラットフォーム、人的/技術的/金融資産資本の活用、構造変換が謳われた上で、今後10年の目標として
1.人材育成、2.革新的企業、3.多様なライフスタイルを選択できる安心基盤の4.食産業の再構築も含めた地域社会の自立、5.世界的課題への貢献
がたてられている。
4.では道州制の実現も挙げられていて、個人的にはこちらが一番気になるところ。要するにますますアメリカ化しようということだと思うが、実際このような動きはどの程度具体化しているのだろう?2.の革新(ベンチャー)企業の助成も、最近の会社法改正などもこの点が意識されていると思うが、私自身は簡単に会社を設立できるようになりすぎているのではないかという不安も強い。新しい技術を製品化し流通に乗せる仕組みは従来は大企業内のプロジェクトとして整えられてきたし、品質や安全もその過程で保証されていたと思う。品質についてはISO9000などのような公的スタンダード(従来のJAS等もそうだが)が普及してある程度基盤は出来つつあると思うが、サービスに対する信頼のようなものは一朝一夕に出来上がるものでもない。人材派遣会社の盛衰がいい例だ。
そして何より気になるのが報告書を首相に手渡す映像がないらしいということ:
平成版前川リポートにやる気が無い福田首相
著者の財部氏は首相に「やる気がない」(レポートとしてはよく出来ているから強いリーダーが登場して実現を望むというニュアンス)としているけれど、要するに内閣内でも賛否両論(というか、表立って賛成しているのは太田弘子経済担当大臣だけ?)ということの現れなのかもしれない。
肩こりや腰痛に悩む人、85.6%——人気の解消法とは?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=532945&media_id=40
期待してクリックしたけど、ストレッチや入浴程度で解消される凝り方なんて軽くて全然大したことない。ノロケと言われそうだが上手いマッサージが最も効果的だ、経験上。人にやってもらえない場合は「つ」の字型の按摩器などで自分でツボを押すのが次善の策です。
ちなみに私自身もマッサージは15年の実践経験から多少自信ある。気功法のようには治すところまで行かないけれど、その人の顔色や姿勢などからどの辺が悪そうか触らなくても検討つくこともある位。
ネット検索してみたら、ゲルマニウムを配合したツボ押し器が出ているのを発見(写真、ニュースとは関係ありません)。最近話題のゲルマニウムにどれだけ効果があるのかよくわからないが(眼鏡の耳に当たる部分にまでチップが配合してあったりする)、値段は高くないので買ってみるのもいいかもしれない。
中島みゆき&松田聖子が初共演!化粧品CM
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=527929&media_id=42
松田聖子:中島みゆきと化粧品CMに 富士フイルムが本格参入
http://mainichi.jp/life/graph/20080624/index.html
富士フイルム、アンチエイジング化粧品CMに大物2人
http://www.asahi.com/business/update/0625/TKY200806240369.html
つい先日、日記で「昭和の歌謡とは私にとっては松田聖子(が歌う松任谷由実)と中島みゆきだったのかもしれない」と書いていたところだったのですごいタイミング。組み合わせとしては意外だし(二人とも好きだったって人って居るのかな?)、アンチエイジング化粧品(要するに肌の皺とかくすみを抑える)の広告というのが軽くムッと来るけれど(この二人に反応するのがそういう世代って厭味かっ?)、そんな微妙な乙女心(?)も吹き飛ばしてくれそうなコンビにちょっぴり期待。
富士フィルム社サイトによると、中島みゆき篇と聖子篇の2タイプあるらしい:
http://www.fujifilm.co.jp/corporate/news/article/ffnr0210.html
高橋義人『グリム童話の世界 ーヨーロッパ文化の深層へ』岩波新書、2006年
もともと童話ではグリム兄弟のものが特に好きだったし、兄のヤーコプが言語学者・民俗学者でもあると同時に法制史学者でもあったことを知ってからは興味が深まっていたところだったので購入。非常に面白く、ここ数年で読んだ新書でも『新・民族の世界地図』『物語 チェコの歴史』と並び五指に入るくらいかもしれない。
他のグリム解釈ものを読んだことがないので比べられないが、たぶんこの本のポイントはドイツ語圏にキリスト教が広まる以前からあった非キリスト教的ゲルマン民族の神話と結びつけて読み解いている所よりも、口承伝承の発祥を農耕儀礼と関連づけた上で日本にも似たタイプのものがないか探っているところではないかと思う。
このような書き方をすると、ドイツの畑でジャガイモを植えるのと日本の田んぼで稲を植えるのとでは全然違うという反論が出そうだ。確かに表面的にはそうなの だが、重要なのはそういう表層的な部分での類似性/相違性ではない。日本の神話は一豪族が政権を握った後にそれを正統化するために政権掌握者側が編纂させ たもの(古事記・日本書紀)であり、大胆に言えば天皇家の武勇伝である。したがって農耕儀礼と関連づけられた「物語(ストーリー)」は神話には必ずしも反映されていないのではないかと思 う。そのような「物語」は農耕儀礼としての踊りや祭りと共に主に民間伝承の形で伝えられてきたのではないか(この辺、もう少し確認する必要あり)。対するドイツ(この頃はまだ連邦の集まりであ りドイツ国としては統一していないが)ではナポレオン戦争で負けて一度フランスの支配に屈していた頃にグリム兄弟が民話の編纂を始めており、最初に童話集 として出版されたのがナポレオンがモスクワに進軍しロシアに敗北した1812年12月。つまり外国支配の辛酸をなめ、文化により自国を強化しようという意 志が何らか影響していたと予想される(これはこの本の著者の主張でもある)。だから時の政権が自分達に都合の良い物語をでっち上げることで国内支配を狙えるはずもなく、まさに日本と逆で為政者の武勇伝ではなく農耕儀礼や民間伝承が神話の拠り所とされたのではないだろうか。
もっとも、日本でも他国支配に脅えながら自国文化の再構築が図られた時期はあった。幕末の尊王攘夷から明治維新の頃にかけてだ。でもこの時も国としての拠り所は古来の古事記・日本書紀に求められた(というか、当たり前のように日本史で習った天皇家の神話=「古事記・日本書紀」というのは実は明治維新の前後に確立された史実だったのだろうか?)。一つにはずっと武家政権が続いていたのを覆すには商人などの新たな政権を立てるよりも天皇を持ち出す方が容易だったというのもあったのかもしれないし、天皇に政治の実権を握らせるためには天皇家の神話を利用するのが好都合だっただろう。また、ドイツの場合は聖書と違ったところに拠り所を発見発掘することでキリスト教文化圏と独立の独自文化を開拓したかったというのもあったのかもしれない。この辺の研究がどうなっているのかは、興味深い。
ちなみにドイツ語圏固有の文化をうち立てようとする動き自体はグリム兄弟による編纂よりはるか以前の18世紀後半から起きている(「シュトゥルム・ドゥ・
ラング」=疾風怒濤と訳されるらしい)。ゲーテやシラーが有名だ。ゲーテは詩人であり弁護士でありながら科学者としての業績もある程に多彩な才能をもつ
が、しかし神話への耽溺などの傾向は見られないようである。また、ヨーロッパ圏一般で言えば政権掌握者による神話編纂に相当するのは聖書だろう。
「赤いスイートピー」に始まる松田聖子の転換期の曲の数々、作曲がユーミンだったと知らなかったことに大ショック。長年、歌手としてのユーミンのスクエアな歌い方がどうも苦手で周りに「ユーミンよりはサザン」と騒ぎまくっていたのだが、聖子の曲で好きだったのは実はユーミン(呉田軽穂)作曲のものばかりだったことに今さらながらに気がついた。同居人曰くは呉田=ユーミンは当時からの常識だったらしい。
そりゃ私は聖子ちゃんファンでもなかった(実際、ザベテンを観ていた頃から好きだったのはサザンだった)けれど…
何だか知たり顔で日記を書き続ける自信がなくなってきたよ。たぶん書くだろうけど。今まで歌詞は無視しても旋律は聴いていると自負してきたのがこっ恥ずかしくなってきた。
昨年の日記に昭和の歌謡曲のような旋律がよく馴染むというようなことを書いたことがあるけれど、昭和の歌謡曲と言えば私にとっては実はユーミンであり中島みゆきだったのかもしれない。
同居人とは音楽の趣味はかなり近い方だと思っているが(いや、hate speech激しい類のヒップホップなど私の知らないコレクションで私が受けつけないものもあるのかもしれないが)、幾つかのジャンルでどうしてもどちらかの肌に合わないというものがある。その代表が後期ロマン派、特にワーグナーとプッチーニオペラだろう。そう、同居人にも受けつけない音楽があるのだ、ふっふっふ。
というわけで今日は帰りが遅いのをいいことに Birgit Nilsson によるアリアやプッチーニのアリア集を聴いていた。Nilsson はやはり低音域の発声が豊かで深く、心地よい。ワーグナーもプッチーニも私にとっては心理的に萎縮したり鬱になったりした時に心を開放してくれる、無くては生きていけないという程の作曲家達だ。ついでに久しぶりに Zeppelin の Houses of the Holy も聴いたけど、聴き方で言うともしかしたら同類かもしれない。以前のmixi日記のコメントで Zeppelin にブルースとカントリーを感じると書いた覚えがあるが、芸能的で壮大で幾分破滅的にロマン的なところでワーグナーやプッチーニに通じる部分もあるのかもしれない(こういうこと言ってる評論家居ないだろうけど。さすがにトリスタンとイゾルデを聴いて泣くことはなくなったことも確認したし。昔は多感だったのだなあとつくづく)。
Though I assume my partner and I share our interests in music in quite a broad range - well, let's forget that he might be hiding from me some secret collections I dislike, such as hip-hop music based on heavy hate speech - we do disagree each other's musical tastes in some genres. For instance, one typical case can be seen in late romantic music, especially Wagner and Puccini operas. Yes, even my partner dislike them!
So, I was lucky I could enjoy aria collections of Wagner and Puccini operas the other day knowing he would be late. I noticed I still love Birgit Nilsson, especially her rich and thick voice in the lower pitch range. I believe both Wagner and Puccini are essential to romantic music, and I must confess I wouldn't be able to live without them. Their music would open my heart, and risen me up from depressed feelings.
I also listened to "Houses of the Holy" of Led Zeppelin, and it was interesting I felt it resembled to these late romantic music. I wrote in my mixi diary before that I see the influence of blues and country music in Zeppelin, and now I see disatrous but lyrical romanticism in them, which might be the factor common to late romantic music. (Sorry for lacking academic proof, it's just my insight ;-))
媒体や端末として何が残り、駆逐されるかと... read more
on アイフォン